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映像著作権セミナー2011

 

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2011夏 映像著作権セミナーのご案内(別サイト)

映像著作権セミナー2011
オンライン補講

 

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映像著作権セミナー2011

 

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 斎藤 汎司先生
 日向 央先生

映像著作権セミナー2011のご案内(別サイト)

 

2011年3月3日(木)開催「映像著作権セミナー」
「日本発世界へ コンテンツプロデューサーのための課題と対策〜著作権とネット配信に強くなる!〜」

講師の先生から参加者および次世代コンテンツ制作者の皆様に向けて「ひとこと」をいただきました。

※日向講師のご意見はかなり刺激的ですが、当会は、激変する世界視野でのメディア戦略のために、「diversity多様性」に満ちた議論の場を大切にしたいと考えております。


日向 央 (ひゅうが ひさし) 先生

(株)TBSテレビ 編成制作局 メディアライツ推進部 担当局次長

『肖像を無断利用しても「肖像権」非侵害となるケースは多い』

お世話になっております。3月3日のセミナーの際は、拙い話を聴いてくださり、誠にありがとうございました。「肖像権」というテーマでお話ししましたが、短時間にたくさんの内容をレジュメに詰め込みましたので、忙しい内容になってしまい、皆様にとりまして消化不良になりましたことを、謹んでお詫び申し上げます。

「コンプライアンス」という「用語」が流行り出したのは、もう10年以上前からのことでしょうか。「コンテンツを利用する際には、権利処理を誤ってはいけない、権利侵害をしてしまうと、利用の差止めや損害賠償請求をされて大変なことになる、コンプライアンスに務めること、わかっているね」と、コンテンツを作ったり二次活用したりする現場の人たちは、「耳にタコ」というくらい、聞かされてきたでしょう。
確かに、その「忠告」は完全に正しいものです。TBSでも、権利処理をすべきところを怠り、痛い目に遭ったことは何度もあります。そうした、マイナスの体験は心に大きな傷として残り、「権利処理を誤ってはいけない」という過剰な警戒感を、現場の皆さんに抱かせることになるのです。

しかしながら、その過剰な「コンプライアンス意識」が、本来「何らの権利も存在しない」多くの「擬似権利者」に対し、「許諾を得るべく申請する」という、「作業に要する時間と費用」(ここでの「費用」とは、電話代とか、人件費ですね)と、「使用料?の支払」という、二重の無駄を犯す原因ともなっているのです。
「コンプライアンス」のもうひとつの意味は、「権利のない者に対して、許諾の申請をするな。使用料を支払うことなどするな。完全に無視して、堂々と利用しよう」ということです。コンプライアンスとは、「法令の遵守」という意味ですから、そういうことでもあるのです。

私が今回のセミナーで述べたかったのは、そちらの意味のほうに重点があります。確かに、他人の「肖像」を利用する場合に、「肖像権」という権利が作動する「場合がある」ことは、紛れもない事実です。ですから、実演家の権利団体が「肖像権を認識してもらうキャンペーン」を行うことは、決して誤りだとは言えません。
しかし、他人の「肖像」を利用する場合に、「肖像権」が「作動しない、無断で合法的に他人の肖像を利用できる」場合のほうが、遥かに多く存在しているのです。そのことを述べた最高裁判例や、下級審の裁判例が結構数多く存在することを伝えたかった、というのが、今回のお話の主旨でした。  
したがいまして、もし実演家の権利団体が、「肖像権」が作動しないような「肖像の利用」に関しても「許諾の申請をしろ、肖像の使用料を支払え」と主張するようなことがあれば、「他人の無知につけ込み、他人の財産を騙し取ろうとする」ことをしているわけですから、それは、いま、日本の警察が最も熱心に取り締まりを行っている「オレオレ詐欺」「なりすまし詐欺」(先般の震災を機に、そのような輩がまた増えていることが、最近盛んに報じられています)と同様なことを行っていることになるのです。
セミナーの最中の「ご質問」にもありましたが、奈良や京都の「世界遺産」と言われる社寺仏閣の所有者・管理者が、そのお寺の外観が撮影された写真を出版物に載せる利用者に対し、許諾の申請を求め、使用料を請求するということも、もし本当にそのようなことをしていたとしたら、「オレオレ詐欺」と同じである、ということをご説明しました。

この程度のことでしたら、多少権利のことに通じている著作権関係の先生にとっては、誰も異論を唱えない「専門家筋にとっては常識」というべき知識ですが、ものによっては、「権利処理をするのが正しいのか、しないのが正しいのか」という点を巡り、専門家筋の人たちの間でも、見解が真っ二つに分れることがあります。
今年の1月に、放送事業者の許諾を得ずにテレビ番組の転送サービスを行っていた事業者の行為の適法性について判断を下した最高裁判決が、相次いで出されました。1月18日が「まねきTV」、1月20日が「ロクラクII」の判決でした。いずれも、原審の知的財産高等裁判所が「放送事業者の許諾を得ずにサービスを行った事業者の行為は適法」と判断していたものを覆し、「事業者の行為は違法」と判断して、原判決を破棄し、知財高裁に差し戻す判決を行ったものです。

この2つの事件のうち、「ロクラクII」のほうは、地裁の仮処分と地裁の本訴の段階では放送事業者が勝訴していましたが、知財高裁で事業者の逆転勝訴となりました。最高裁で再逆転の判断が下されたというわけです。
一方の「まねきTV」のほうは、仮処分1審の東京地裁、仮処分抗告審の知財高裁、本訴1審の東京地裁、本訴控訴審の知財高裁と、いずれも「放送事業者に無断でサービスを行う事業者の行為は適法」との判断が出され、放送事業者が4回連続で負け続けたものが、最高裁で初めて逆転の判断をいただいたものです。

「許諾を得て行わなければならないのか、許諾を得ずに行って良いのか」ということを判断する専門家は、学者、弁護士、業界の法務担当で詳しい者など、いろいろおりますが、その中で「裁判官」というのは、その判断を「権力」を用いて行うことができる、唯一の専門家、ということになります。
特に、これらの判断を下した東京地裁は、いずれも著作権の専門部で判断がされたものです。高裁も、「知財高裁」というくらいですから、著作権専門の高等裁判所です。「まねきTV」では、それらの専門部が4度も一致して下した判断が誤っていると最高裁が断じたわけですから、大変なことです。

私の見解は、「「まねきTV」の事業者が行っている行為は、著作権法の条文に当てはめるだけで、明らかに違法」というものでした(これは、私が放送事業者であるから、贔屓目に見て申しているわけではありません)。したがって、4回も負け続けたことが「信じられないこと」だったのです。やっと真っ当な判断が初めてされた、というのが、たまたま最高裁の場であった、ということだったのです。
この最高裁の判決に、日本を代表する著作権の先生方が、今、次々と異論を唱えておられます。世の中には、不思議なことが起こるものです。この両事件についても、またじっくりお話しできる機会があれば、有り難いと思っています。